キリコのブログ

貧乏かつ機能不全家庭育ちの20代主婦

27

 

 

 

もう半年前のことだけど

6月で27歳になった。

 

 

 

 

 

 

私の中で17歳はなぜか特別な年齢だった。

節目を迎えたような気持ちで母からのお祝いメールをなんとなくスクショして夜は誕生日ケーキの写真を撮った。

授業の合間友達が私の机に寄りかかっていだ気がする。

 

なんで17が特別だと思ったかというと

初恋であるバイオハザードのコードベロニカに出てくるスティーブの年齢が17歳だったから

 

 

 

だと思う。

 

 

 

 

17歳からもう10年という月日にも驚く。

27になった今30歳というものを強く意識するようになりました。

 

私は歳をとることにそこまで悲観的ではないものの、年齢を完全に無視できないのも事実

あと3年で30だぞと世間の風潮のせいなのかなんなのか自分でもよく分からないがただ、30になる、という事をじわじわと感じているこの頃です

 

 

 

 

25を超え27になった最近で変わったことでいうと10代や20代前半は似合っていた縮毛矯正が去年から逆に老け見えしてしまうようになった。

高校生の頃は赤いリップが似合っていたけど20になると明るいピンクが似合うようになった。

今でもピンク系はつけるけれど普段はベージュピンクのようなヌードカラーに落ち着いている。

母や母の友人を見ているともはや口紅ではなく色付きリップになっているような気がする

 

小学校高学年の頃から爪は長い方が好きだったのに子どもができたせいなのか、それ関係なく必然だったのか、近頃爪は深爪にならない程度に短い状態が1番良くなっている。

 

 

10年単位くらいに人は肉体も精神もゆっくり変化していっているのだと思う

 

 

 

 

 

あと、異性に対しての気持ちが20代前半までと明らかに違う

この感覚の変化が30近くなったからなのか、早くに子どもを産んだからなのかはよく分かりません、、

 

 

私は旦那としか交際経験がないので圧倒的経験値不足ではあるものの

もう純粋な「好き」という気持ちだけで異性を愛せる気がしない

 

その場限りの理由で相手を選ぶならお金か性的魅力だと思うし、長期的な関係なら収入や家族関係、趣味や健康状態や価値観いろんなものをみると思う。

 

 

そんなことを考えると今の旦那は14歳の時に出会ったので現実的なことは全部取っ払って、ただ好きという気持ちだけで走り抜けたまさに私の青春を具現化したような人間だと思う。

 

 

 

 

 

 

自分でも1番びっくりしている変化は仕事に対して。

私はずっとフリーターで労働してきて、とにかく責任はないに越したことがないと思ってきた。

でも27になり、まったく責任がない立場よりはちょっとずつキャリアを詰めるような職種や職種関係なくても詰んでいくことをした方がいいんじゃないかっていう考えに変わってきました。

 

 

そもそもなんで高卒かというと、とにかく家がかなり貧乏だったのもあるし、私自身勉強熱心じゃなかったりで当時貧乏故に何年も払っていかないといけない奨学金は私の中でリスクでしかなかった

 

なので私は進学を選ばなかったのだけど25超えたあたりから、やんわり借金多少してでも専門学校くらいは出といてよかったんじゃないかと思えてきていてキャリアに対しての考えの変化を感じました。

 

 

そこで実は最近新しい挑戦として技術系の仕事を始めてみたんですが、正直続くかどうかは分かりません

 

この思想が自分に向いてないと分かったら仕事はお金を稼ぐものとして考えていこうと思っています、、、。

 

 

 

 

 

 

次に私は自分のことを10代の時からバイなんじゃないかと思っていたのですが

最近私は完全な異性愛者なんだと自認しました。

 

 

10代の特に高校生の時が1番曖昧になっていて、魅力的に思う子は男だろうが女だろうが好きになっていました。

これは幼さ故というべきなのかその気持ちの種類の区別がついてなかったのだと今は思います。

 

私は未だに生物としては女性の方が好きですが、恋愛対象は完全に異性だと気づいた27歳になりました。

 

 

 

私はどうしてもこれってものじゃないかぎり飽き性なのであれやこれや手を出して突発的に行動して失敗を繰り返して10代の時はそんな感じで、

今も大して変わってないのかもしれないけれど

自分でも体感している変化は明らかに気長になったこと

これは子どもができてたことが私を変えた1番大きな要因だと思います。

 

人生を100年近く考えた時ゆっくりでいいから着実にいい方向に積み上げていければいい

そんな長期的な視野を育児が教えてくれたのだと思う。

 

30歳になったからといって何か大きな変化があるわけじゃないのだろうけど、自分の人生の残り少なくなってきた20代を楽しみたいと思うこの頃です。

 

 

 

アイドルオタク

 

 

 

 

中学生の時嵐がすごく好きな子が身近にいて、その子と仲良しだった子もその子に影響されてかキスマイというジャニーズを推すようになった。

 

それを身近で見て以降私はジャニーズが好きという女子がなんでかはっきり分からないが苦手になった。

 

 

 

 

 

最近そのなぜ苦手かがなんとなく分かった気がするので、この気づきをブログで書いておこうと思います。

 

 

 

 

 

私がジャニオタが苦手な理由としてはまず

その心理がまっったく理解できないからというのが1つと、それに派生してその推しに対する熱量も理解できないしやんわり気持ち悪さも感じる。

 

好きにさせろというのは百も承知ですが

二次元の方が断然いい派です。

だってそもそも実在してないんだから。

 

 

人のことを好きになるって大なり小なり独占したい気持ちがでてくると思うんです

でも、アイドルを推すってどういうマインドで好きになっているのかが私にはいまいち分かりません。

その推してる異性は現実では恋人がいるかもしれないし、なんならセフレがいるかもしれない

 

本当のところは何をしてるのかもよく分からない人に私は自分のお金をかけたくないです。

 

 

 

そもそも「アイドルになりたい」という心理もまた嫌いです。

アイドルになりたいって直訳すると「不特定多数の大勢からモテたい」という煩悩の塊なわけで

皮がどんな形をしていようとその下心に萎えてしまいそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

でもまぁ 実際は別に人が何が好きで何になろうがオフコースです

それに救われてる人もいるのだと思います。

 

 

 

 

 

 

話は変わって、以前YouTubeでお笑い芸人霜降り明星粗品の電池の切れかけた蟹というのを見ていました。

 

その動画の内容は、粗品がとあるジャニーズを批判したらしく、そしたらSNSのDMなどでその批判したジャニーズの推しだったファン達から死ねや殺すといった誹謗中傷を執拗に送りつけられてきたそうな。

 

 

 

 

そこで、ジャニオタやホス狂しかり

アイドルを推している人間はリアルでも攻撃性が高くなる傾向にあるんじゃないかとふと気づきました。

 

生身の人間を推している状態は人の攻撃性を高めやすいのかもしれないです。

 

 

 

以上、私の仮説でした

 

 

 

 

偏愛映画

 

 

 

アニメや漫画や小説や映画で恋愛ものをみる時

普通の純粋なものよりも変わったものが好きでよく観ています。

 

 

私と似てるような人がいたら良いの教えてもらいたいしおすすめも知って欲しい。

まったく興味ない人にはこんなのもあるんだなくらいの気持ちで読んでほしいです。

 

 

 

私の推し偏愛映画の1つは

「アンチヴァイラル」です。

ストーリーはセレブの細胞から作った肉を食べたりセレブ達のかかったウイルスを自分に打ち込んで同じウイルスを共有することで喜びを感じているという世界観です。

最後は主人公の男がもはや生きてるのか死んでるのか分からない形態になった推しの血を直で吸って終わるのが印象的です。

この映画は高校生の時に初めて見たのですが、

最後彼女が腕だけになって細胞だけが生き続けているのかと思い、ここまで原型を留めてないにも関わらず好きだと思える感覚に不思議な気持ちになりました。

クローン肉を食べたりウイルスを共有して喜んでる世界線なのでもはやその人物がどうこうじゃなくその人の細胞や遺伝子の方に価値があるのかもしれないですね、、

グロテスクではありますが美しさも感じる映画でした。

SAN値削られかねない映画なので元気ない時や疲れてる時はおすすめしません( ˘ω˘)スヤァ…

 

 

 

 

次に「ピアニスト」

この映画は何回も見るのでDVD買いました。

ミヒャエルハネケ監督の独特な映画です。

過干渉な母親に常に縛られているピアノ教師の中年女性と年下のイケメン青年との歪な恋愛になっています。

青年との色恋もですが、この映画は主人公の女性の奇行や家庭環境の方が気になります。

青年が本当の意味で大人だったら彼女を救えたかもしれないけれど、普通の陽気なイケメン青年なのでとりあえずCに向かって終わってしまったのが唯一残念です

最後の女性の演技がすごすぎます

これも若干SAN値削られるので人によっては注意な映画です。

 

 

 

次は「アンダーユアベッド」

という映画です。

これは映画から観て面白かったので小説も買いました。

主人公のミツイ君は誰からも忘れられるような影の薄い男の子で、大学生の時自分の名前を呼んでくれた女の子と一度だけ喫茶店に行き一緒にコーヒーを飲む。

数年経ってその女の子のことを思い出して、その子の居場所を見つけ出して見てみるとあんなにオシャレでかわいかった初恋の子がやつれ果てており旦那から酷いDVを受けていることを知ったミツイ君。といった感じ、、、

 

ミツイ君はもっと素直になってほしい!

家に忍びこんだり遠くから望遠鏡で裸撮ったり自宅にマネキン置いて大学生だった時の彼女が着てたような服を着せて香水をまいたりと

異常性の高い行動でしたが、彼女への思いは本物でピュアではあるので私はミツイ君応援したいです。

 

 

 

次におすすめしたいのは

「弓」です。

これも初めて観たのは高校生の時でこの弓を観てからキム・ギドク監督のファンになりました。

 

終始台詞がほぼなく船の上で少女と老人が生活していて

幼い時に誘拐してきた少女が17歳の誕生日を迎えたら老人はこの少女と結婚しようと思っているという出だしです。

 

船にお客さんを乗せて魚釣りをする仕事をしているので、その客として若い男が乗ってきた時から2人の関係が徐々に歪み始めます。

若い男と女の子が惹かれ合いだしてそれに嫉妬する老人がみていてすごく面白いというか哀しいというか、老人なだけにより人間の浅ましさを感じました。

女の子からしたらどこまでいっても父親のような人であって、でも老人は女の子を異性として好きで。

(幼い時から育てているので父性のような気持ちも含まれていていいのではと個人的に思っているが私は男じゃないのでそんなことは知らん)

絶対に噛み合うことのない愛に涙なしでは見られません。

この映画を見るとなぜか毎回号泣してしまいます。

この女の子は天使に違いない

 

 

 

 

 

次は正当に人におすすめしたい

「暗いところで待ち合わせ」 という映画です。

駅のホームで上司を突き落とした冤罪をかけられその駅から近い家に逃げ込む男。

その逃げ込んだ家というのが、家族を亡くしていて視覚障害を抱えた女の子が1人で住むお家です。

 

職場でいじめられて馴染めず居場所がなくて冤罪までかけられてる男性と家族を亡くして寂しい思いをしている目が見えない女の子の少しずつ歩みよる感じがきゅんっとする映画になってます

私はお皿を受け止めてあげるシーンが1番好きです。

 

 

 

 

もしゾンビ好きなら「ウォームボディーズ」という映画もおすすめです。

私はゾンビ大好きなので中学生の時に観て大歓喜しました。

ゾンビと人間の恋愛なんてもうこんなの待ってた!をまさに実現してくれたようなおありがたすぎる映画です。

 

 

 

私の偏愛収集はこれからも続いていきます。

 

 

 

 

母性とは

 

 

 

 

私は常々母性が少ないように思う。

 

10代の時私は反出生主義のような思想を持っていた。

家庭も複雑だったため「家族」というものに憧れもなかった。

にも関わらずなんで若くに結婚して子がいるのかと聞かれたら生涯共にしたい伴侶が強く子どもを欲しがる人であったから、と答えたい。

 

 

 

 

私に母性が少ないなと思う理由として、、

まず前提として自主的に子どもを育てたいや子どもを持ちたいと思ったことがない。

妊娠中の胎動や身体の変化に特にポジティブな記憶がない。

もちろん自分の身体の中にいるのだから大事にはすれど胎動自体を愛しいという感覚があんまり分からない

産まれてからといえば母乳をあげるのがとにかく嫌。なぜなら理由は結構シンプルで痛いうえにあげにくいから

(長女は生後1ヶ月、次女は生後2週間で母乳をやめました)

 

 

これも母性が欠けているのだろうかと思う一つが、エコー写真をみたら中絶する気持ちになれないや中絶は殺すのと一緒、誰の子かも分からないけれどお腹にきてくれたんだから産みたい

 

のような考えが私には皆目分からない。

 

 

私はそれよりはむしろ産んで育てられないことの方が重罪で、自分が育てられないと思うのなら早い段階で芽をつんでおく方がいいと思っている。

 

 

 

あと子どもを公園に連れていって遊んであげたり、家でおままごとの相手をしたりするのが苦手。

中学生の時家で数学の勉強をしようとして教科書とノートとペンを机に出してすぐすごい睡魔に襲われて昼寝をしてしまったことがある。

私は普段お昼寝をよほどのことがないかぎりしないのでよっぽど肉体と精神が無意識で嫌がっていたのだと思う。

それと同じように本気で子どもと向き合っておままごとやカルタやトランプなどをするとその後寝てしまうことがよくある。

 

 

 

 

あと、送り迎えなんかも普通にめんどくさいです

ご飯を口に運んであげるのも面倒

子どもの付き合いで友達と遊んでるのを側でみてあげないといけないことや保護者との関わりもめんどくさい。

 

 

 

 

かといって、ここまで書いておいてなんだけれど

子どもを愛していないわけではない。後悔はしていないし大切な存在だとも思っている。

ただ私は素直に、我が子であろうが自分の行動を極端に制限されることにストレスを感じている

 

人のお世話をするのが好きで向いている!なんていう人がこの世にいるということがにわかに信じがたくすら思う。

 

仮に子どもが飯を用意してあげたら自分で食べてくれてこっちが時間を計算して指示してあげなくても時間を守って動いてくれて自分で着替えを見繕って着てくれて自分で風呂に入ってくれて歯磨きをしてくれて、だったらまだストレスフリーに生活できると思う。

 

でもこれってもう小学校高学年くらいの話ですよね。

 

 

あと子どもとべったり数日過ごすと体調が悪くなってきます。

子どもの熱で1週間自宅保育しようものなら3日目ほどからストレスで目の神経がピクついてくるほどです。

 

なのでパートを初めて大変ではあるんですが、専業主婦で子どもと24時間べったり生活に比べたら天と地ほどまし!!!

 

 

 

 

 

 

 

Xや発言小町に知恵袋、SNSを見てるとたぶん私みたいな考えの母親はこの世にごまんといるように思える。

 

 

そんな、母性に自信のないあなたに朗報です!!

 

 

 

WHOの母性保健委員会によると,「母性とは,現に子どもを生み育てているもののほかに,将来子どもを生み育てるべき存在,および過去においてその役目を果たしたものをいう」として,子どもを生み育てることのできる女性のすべてを"母性"ととらえている。(引用)

 

 

だそうだ。

 

 

どうであれ子どもを育てている。今日も生かしている。

その時点で「母性」なのだそうだ。

 

 

育児が楽しめない自分にみんなはちがうのかと不安になり罪悪感で検索して「母性 ない」 「母性 とは」 「母性 定義」 と調べた私はWHOの母性の定義を見てすんっとなった。

 

 

だって、なんにせよWHOによると私には母性があるらしい

そりゃ殺人犯が襲ってきたり命の危険がある時は子を優先して生かすくらいの母性は持ち合わせているが....

人として子の幸せは願えど子どもが人生の全てだと思うような献身的な母親にはなれそうにない。

 

 

 

 

 

ただ

未だに母性は少ないと思っている私でも

子を産んで変わったと思う変化は

子どもに寛容になれたことや、道で見かける子どもをかわいいなと思えるようになったことだと思う。

 

子どもを産む前の私にとっての子どもは風景と同じようなものだった。

電車やモール至る所に子どもはいたはずなのにまったくの無関心だったのだ。

うるさいとも思わない。

自分とは切り離された存在だった。

 

 

 

 

と、まぁ色々書いちゃいましたが母性というワードに苦しむ女性は案外多いんじゃないかと思っています。

 

そもそも誰が女性には母性があるといったのか

 

そんなもの人によって量も違えば質も違って当たり前では?

 

 

専業主婦からパート主婦へ

 

 

 

 

4年以上ぶりの労働をし始めて2週間以上経った。

 

初出勤日の月曜日に下の子が熱を出し火曜日も熱で休んだのでその帳尻合わせで初めから3連勤、

しかも生理1週間前でメンタルに1番負荷がかかっているコンディション。

そして仕事内容がホテルの清掃なのでこれがまたかなりの肉体労働!!

教えてもらったおばちゃんは働き始めた時7キロ痩せたらしい、、、

 

 

仕事を始めるにあたってピルの飲む時間を5時間遅らせたせいか久しぶりの労働に負荷がかかったのか生理が2日遅れました。

 

ホテルの清掃は19歳の時に短期で3ヶ月だけ経験があったので多少分かってはいたのですが、子育てしながらだとキツすぎると思い6月からは週2清掃週2近所で別の仕事をしようかと思っています。

 

 

 

仕事の日は結構ハードで、

朝7時に起きて子どもたちや自分の準備をして保育園に送り、送って自転車をマンションに置いたら即駅まで向かいます。

この家から駅までが1、2分の時間勝負なので子どもが少しグズって自転車に乗る時間が遅れたり、いつも引っかからないところで信号待ちしたりすると駅まで向かう道中のHP減りイベントがおこったりおこらなかったり。

そして仕事場に付いて朝礼した後は休憩なしで14時くらいまではぶっ通しで動き続けます。

清掃が終わると次の日のためのタオルや洗剤などの補充をして14時半くらいか遅くて15時前頃に仕事を終えます。

そして電車で帰ったら保育園の迎えまでの時間が30分日によってはあるかないかくらいなので急いでご飯を食べてお迎え。

子どもの手洗いをさせたり洗い物をしてちょっと休憩を挟んだら夜ご飯の準備です(; ̄ェ ̄)

そして子どもはだいたい旦那がお風呂にいれてくれるのでお風呂からあげる役割をして下の子を寝かしつけるのがだいたい21時や遅くて22時。

そこから自分のお風呂(もはや作業)

上の子は大人と一緒に寝たがるので22時半や遅い時で23時まで寝ないこともあります。

上手くいった日で寝るのが下の子20時半上の子21時とかです。

 

 

 

 

 

でも最近少し慣れ始めてやっぱり私には仕事向いているなと思っています。

仕事をするとお金も入る上に生活にメリハリができます。

平日休みの日は保育園に送ったあと1人時間ができるのでモーニングに行くのが楽しみです。

 

 

 

今月は定期的にある旦那のバイクの整備にプラスして急にバイクが壊れたのでその修理や固定資産税やら5年に一度の地震のやつ諸々でお金が飛びまくりました。

 

私のパートの給料はほぼ貯金にしているのですが、こういう急な出費がある月は支払いでパァということも、、、。

 

 

 

母親になってからの人生の楽しみ

 

 

 

 

なんだか考えがまとまらない。

 

 

よし!ブログを書こう!!

 

 

 

 

実は長女は幼稚園を3月で退園して4月から子ども2人とも保育園に行くこととなりました。

またこの幼稚園を辞めて保育園に行かすまでにもめちゃくちゃ労力使った、、、

 

 

 

 

 

4月1日から保育園に通い始め

子どもが側にいないフリーの状態が4年以上ぶりにできた。

朝預けた後はもう開放感で嬉しくて、送ってそのままコメダへモーニングを食べに行ったりして、

今までの大変さが嘘だったかのような穏やかで自由な朝が来た。

子どもが1番大変なピークを超えてもまだ26歳という事実に子どもを若くに産み終えた特権をやっと味わったような気がした。

 

 

 

朝のモーニングタイムを終えたらとにかく私はやることをやった。

下の子がいると近寄ってきてしまって当分できてなかったお風呂のカビキラー掃除。

毎日のことだけど洗濯に洗い物。家中の掃除機。

あとは仕事を探して応募、面接。

1人でゆっくり買い物へも2回ほど行った。

 

 

保育園に通いだして最初の1週間は嬉しい反面どこか心が落ち着かなかった。

やることを全部やってしまって余った2.3時間の長いこと。

YouTube見たり小説読んだりしたらいいじゃないか、と思うのに子どものことが気になって手につかない。

最初の1週を終えて次の2週目にはいる前の日曜日の夜なんかは、明日からまた子どもがいなくなってしまう。となぜか怖さにも似たものを感じて不安になった。

 

 

育児はしんどくて辛いものだと思っていた私にこんな子離れできていない部分があったことに子どもと離れてみて初めて分かった体験だった。

 

 

 

でも考えてみたら当たり前だ。

長女が産まれてから4年以上子どものことを全力で毎日考えていたのだ。

1460日以上毎日かかさず頭にあって殴りたくなるくらい腹が立ったり体調が良い時すこぶる悪い時、兎に角どんな時も毎日側に居たのだ。

分離不安があっても当然のことのように思う。

 

 

 

 

 

私は子どもと離れる時間ができたら「自由になれる」と思っていた。

でも9時から16時まで週5日離れる生活をしてみて気づいたのは自由にはなれないということだった。

 

 

居たら居たで大変だし1人の時間があるのは嬉しい。でもいなかったらいなかったでやんわり頭の片隅で不安があったり。

朝ごはんの用意や送り迎え夜ご飯作りから解放されるわけではないし、これからは仕事もいかないといけない。

 

 

 

 

なにがいいたいかって私の中でまとめると、、

 

子どもができた時点で子どもがいなかった時のような自分にはもう二度と戻れないということを確信してしまった。

 

 

子どもがいる=成人に関わらず心配し続けること

 

なのかもしれない。

 

1人の時間が欲しいとか思ってたけど、子どもができてから1人になったところで1日の始まりと終わりのお世話があるから完全に休みなわけではないしどこにいてもやんわり心配しているのだ。

もう今の私には子どもがいなかった22歳までの自分がどう考えてどう過ごしたかなんて分からなくなっている。

来週からは仕事も始まるので、また新しい生活のルーティーンができると楽しくなるのかもしれない。

でも今はなんだか新しい門出にしんみりしてしまっている。

幼稚園はしんどかったけれど人との関わりがあった分私は今寂しくなっているのかもしれない。

 

 

 

 

子どもはこれからどんどん成長していくだろう。

でも私は?

私だって楽しみを見つけていかないといけない。

私は今子離れの最初のステップにきたのだと思う。

 

 

 

母親になってからの人生の楽しみ方

を見つけていかなくちゃいけない。

 

 

 

 

なんだか親になるって

第一線から退いたような

主人公から次の世代に渡ったような

例えるならNARUTOからBORUTOへ変わったような

そんな気分になる。

 

 

もうすでに自分だけを謳歌していた時間は良くも悪くも思い出になってしまった。

子どもに執着するのではなく、子どもも自分も尊重していけるようになりたい。

 

 

にしてもみんなは

母親になってからの心の底から楽しいと思えること

ある?

 

 

 

 

 

へそくり

 

 

 

来月でなんと長女が4歳、次女が1歳になる。

 

20歳で都会にでてきてわりとすぐから始めた古本屋のバイト。

今思い返しても近年稀にみるほどの良いバイト先でした。

 

9時間のうちお昼に1時間休憩と夕方から30分休憩がもらえて、夕方の休憩は近所の喫茶店のドリンクチケットが使わせてもらえます。

ボーナス時期には寸志が3万円ほど。

カニをくれたりたまに欲しい商品を無料で貰えたりもしました。

高級イタリアンのディナーコースや海鮮系のご飯に店主が連れて行ってくれたり、私が最後の出勤の日にはその日のメンバーで帰りに同じビル内の居酒屋でご馳走様してくれたりしました。

羽振りがいいだけでなく、絶版古本屋なので珍しい商品を扱っていて仕事内容も単純に面白かったです。

珍しい商品を扱うのでお客さんの中には背取りの人もちらほらいて、価値を見極めるノウハウのようなものもここで少し養われたと思います。

 

 

こんな古本屋で2年近く働いて、入籍してすぐ長女を妊娠。

少人数で回している職場で終わりが20時だったのでどちらにせよ子どもができたら続けられない仕事だったのですが、婦人科から切迫ぎみといわれて妊娠半年で予定より早めに退職。

 

最後にもらった給料のうち10万から私はへそくりをスタートしました。

 

 

 

 

帰省した時に両親からもらったり義母や義祖母から頂いたり余裕のある月に旦那からお小遣いとして1万もらったりラクマの売り上げ諸々、、、

 

ほんっとにみみっちくチビチビチビチビ貯めたお金。

 

 

恥ずかしながら私は50万というお金を貯めたことが一度もなかったです。

 

16歳からほぼ働いていない期間の方が少ないくらい常にバイトをしていたのに自分の分の携帯代を払ったり欲しい物を買ったり、

今思えばいったい何に消えていったのやらとすら思う私の稼いだお金。

 

しょうがない、だって10代だもん。

 

 

働くことで得られるものはお金だけじゃないので無駄ではなかったと思うのですが、もし家が裕福ならわざわざ高校生のうちにあそこまでバイトをする必要性がなかったし、したとしてもまだ意義のあるお金の使い方を余裕をもって考えられていたと今では思う。。。

 

まぁ めちゃくちゃ後悔してるかといわれればそうでもないのですが

人生2週するなら16歳からやり直したいです。

 

 

 

話を戻そう、、、

 

 

 

そう。私はなんで50万貯めたことをわざわざブログにしようと思ったのは!

 

大事なことなので2回書くが

人生で初めて50万貯めた

のである。

 

それも、普通に働いて貯めてたらここまで感動しなかった。

このお金は長女を出産して育児する中で流してきた血や涙、努力、葛藤、人生でめちゃめちゃ頑張ったといえる時間の対価だと思う。(それにしては額少ねえゾ)

 

 

私自身末っ子で赤ちゃんを抱いたこともなければ、自分より年下の子と関わったこともほとんどない。

3日間寝ず食わずで大量出血で産んだ長女。

産んだその日から始まった2.3時間おきの授乳。

産後1ヶ月で里帰りを終え、早く帰ってくるといえど週6仕事の旦那しかいない孤独な環境での初めての育児。

引っ越ししたてで家具家電の揃ってない家。

今まで経験のなかった、子どもを連れて歩いてるだけで知らない人から見られたり話しかけられたりする現象。

2時間かけて作る離乳食。

歩き出してからは毎日行った公園。周りは保育園に通っている子ばかりで私と長女だけの世界。

好きでもないのに子どもに合わせて延々流れるテレビ。

1歳半年頃から私はノイローゼで閉所恐怖症やパニックのようなものを経験。

今だに続いている歯の神経治療開始。

2歳の時2人目を妊娠して、帯状疱疹。

 

 

 

 

 

ほんっっっっっとに色んなことがあった4年間だったんです。

世間のお母さんほんとすげえよ。

 

良し悪しは別として、ほんっとに人として成長させられた期間でした。

 

ただ、いえるのはもう二度と!!!断じて!!!!金輪際!!!!!

 

あの時間には戻りたくないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今。

4年経ち、まだ改善の余地あるんですが家具家電の揃った家。購入した時よりも価値があがったマンション。一度子の成長過程を知っているうえでの2人目の子ども。2人目の産後から飲み始めたピルでホルモン安定。幼稚園に行き始めた長女。積み立てNISAの投資も順調。へそくりも少しまとまった。

 

 

 

 

 

 

最初はノンストップで100万円を貯める目標でした。

 

 

 

でも、もうあと2年で私もパートに行けるようになる今長女の時のように切り詰めて切り詰めてへそくりをする必要ないんじゃないか.......?

と、思いました。

 

 

 

この50万は置いといて来年からの臨時収入はへそくりに回さずお小遣いとしてポジティブなものに使っていきたいと思い始めました。

 

 

 

書き忘れましたがなんでここまで頑張ってへそくりしたかというと

1番は旦那と何かあった時用、、、←

旦那が怪我などで働けなくなった時の繋ぎの防衛資金、子どもの急な出費、あわよくば旅行や親孝行

 

などの理由で頑張ってました。

ゆっくりでもいいから

目指せ100万円!